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長年にわたって健生会の合唱サークル「シルバーコーラス」を指導下さっていた澤野重昭先生が逝去されました。

ご冥福をお祈りいたします。

 澤野重昭 先生の思い出

        菅原 美佐子

 重昭先生が突然お亡くなりになって、一か月半過ぎてしまいました。私が最後にお会いしたのが、健生会主催5月7日の「みんなのおんがくかい」にいらして戴いた時でした。休憩時間にトイレを案内してホールの席までお付添いしました。その時舞台で歌ったシルバーコーラスの感想をお聴きしたら「声も良く出ていたし、ずいぶん上手になったね」とお褒めの言葉を頂いたのを、今は懐かしく思い出します。

 私は平成10年にシルバーコーラスが初めて区報に会員を募集した時に入会しました。その頃はまだ50代前半でしたので、シルバーというネーミングに戸惑いがありました。その当時の代表でした占部郁子さんが快く迎えて下さいました。平成2年に発足して澤野先生のお宅で練習なさっている頃からの占部さんは、澤野先生からは大きな信頼を受けていた方でした。

 雰囲気の良いコーラスグループに入れて頂き現在に至っています。私が入会した数年間は、重昭先生のご指導と郁子先生のピアノ伴奏でした。重昭先生は練習に入る前にお話しするのがお好きでした。先生が現役でお仕事なさっていた時に、コーラスグループを立ち上げた苦労話や、戦争時代の大変な時に、音楽に関わってきた先生のお姉さま方のお話、又、先生が名誉ある奥田良三賞をおとりになり、テレビに出られた話、リサイタルの事等など、今でもにこにこしながら話される先生のお顔が浮かんできます。あまり話が長くなると、郁子先生がピアノの前で「そろそろ練習したらいかがですか」というお顔をなさっていました。

 2年ぐらい前だったでしょうか、生涯学習センターで朝ドラの「マッサン」の主題曲「麦の唄」の練習をご指導頂きました。その時ひ さし振りに重昭先生にお会いして、お声が出にくくなっているのを知りました。その様な状態でありながら、先生がコーラスの指導に出掛ける情熱に心をうたれました。

 先生の素晴らしい生のテノールのお声をもう聴くことはできませんが、これからは先生のリサイタルのCDを聞かせていただきます。

 澤野重昭先生、長い間ご指導有難うございました。

 ご冥福をお祈り致します。